季節のめぐりを食の力に変える、梅干しづくり

「おもしろごはんWEB」でライターを務めるすずめ農園の髙橋美穂です。ライタープロフィールはこちら
里山の代表的な食文化のひとつとして「梅干し」があります。泉ヶ岳を望む仙台の里山「泉かむりの里」でも、自然の恵みを保存食に変える手仕事として各家庭で梅干しづくりが行われてきました。
私にとって梅干しづくりは季節の手仕事であると同時に、祖母の記憶につながる食べものでもあります。
体の調子が悪くなると「焼いた梅干しをお湯に溶いて飲むといいって、昔から言われているんだよ」と祖母は梅干し湯をつくってくれました。
昭和3(1928)年生まれの祖母が「昔」と話す時、里山に古くから伝わってきた知恵であることが感じられ、日本各地に梅干しの健康効果を表すことわざや言い伝えが残ることも納得させてくれます。
たとえば、「梅はその日の難逃れ」や「一日一粒で医者いらず」という言葉があります。こうした言い伝えの背景には、梅の酸味や保存性など、梅干しを暮らしの中で使ってきた先人たちの経験の積み重ねがあるのでしょう。
「そういえば最近、梅干し食べてなかったな。食べよう」
今でも体調がすぐれないと、祖母から伝えられた知恵を受け継ぎ、梅干しをひと粒、口にするのです。

梅雨から夏へ。季節のめぐりを食の力に変える梅仕事
祖母から梅干しづくりを教わったとき、「なんてよくできた食べものなんだろう」と感動したことを覚えています。
日本の季節には春と夏の間に「梅雨」があります。この言葉にも、日本人が梅と長らくともに生きてきたことが伺えます。梅の実が実るのは、文字通り梅雨のころなのです。
収穫した梅を塩に漬け、梅から水分が出てくるのを待ちます。赤じそを加え、梅雨が明けると、いよいよ「土用干し」。梅雨明けの強い日差しの下に梅を並べ、太陽の力を借りて仕上げていきます。
梅の実り、塩、紫蘇、そして夏の太陽。
自然の力と季節の流れを上手に利用して、長く保存できる食べものに変えていく。冷蔵庫もなかった時代から続く、先人の知恵です。

「潮時」を見極める職人の感覚
今回、梅干しづくりについてお話を伺ったのは、泉ヶ岳のふもとで多様な農産物を育てる奥山農産の奥山さん。

樹齢30年以上になる南高梅の木の前で、お話を伺いました。 この一本の木が、奥山農産で作る梅干しの半分近くの梅を実らせています。
奥山さんがつくる梅干しには、はちみつ漬けと赤じそ漬けがあります。
お話を伺って印象に残ったのは、梅を干すときの「潮時」を大切にしていること。
干す日数をただ決めるのではなく、その年の天気や梅の状態を見ながら、「そろそろいい」と仕上がりを見極めるのだそうです。
干しが足りないと保存性が下がり、干しすぎるとふっくらとした梅干しにならないと言います。
泉ヶ岳のふもとで季節を感じながら暮らし、自然の様子を見ながら梅干しを仕上げていく。
そこには、長年の経験から培われた、数字や機械だけでは測れない知恵があるのだと感じました。

家の軒先で、干し終わった梅を樽に戻したところ。
奥山農産の梅干しは、根白石おもしろ市で購入いただけます。
一粒の梅干しに詰まっているもの
梅の実は、生のままでは糖度が低くて美味しくなく、さらに毒(青酸)のもとになる成分が含まれているため食べられません。
そのため、シロップ漬けにしたり、お酒に漬けたり、梅干しにしたりと、先人が工夫を重ねて美味しく食べるための手仕事を編み出してきました。
特に梅干しは、天日干しまでして保存性を高め、長いと10年も保つようになります。
さらに、梅干しをつくる過程でできる梅酢や赤じそも、料理に使うことができます。ひとつの梅を最後まで無駄なくいただくことも、里山に暮らす人々が大切にしてきた知恵なのでしょう。
自然の恵みを保存し、無駄なく使い、家族の体を気づかいながら暮らしてきた人々の姿があります。
祖母から教わった梅干しづくりを思い出すと、あの小さな一粒の中に、季節と自然、そして何世代もの暮らしの知恵が詰まっているように感じるのです。
