2026年03月21日

いきなご縁WEB/泉かむりの里の食と農を支える水

泉かむりの里の食と農を支える水

その昔、志和彦の神様が大切な冠を川に落としてしまったことから、その川を「かむり川(現七北田川)」と呼び、その流域一帯は「かむりの里」と称された。泉区を東西に流れる「かむり川」の水源をもつこの地域は、仙台市の水がめとしての役割を担う。

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  1. 根白石下町裏から20㎞離れた将監堤まで水を届けるために設けられた「新堰」の取水口。川幅が広く河水の多いときの流れは壮観。新堰により取水された水は、かつては根白石村をはじめとする7ケ村入合用水として使われていた
  2. かむり川は支流を集め仙台市北東部から太平洋まで流れる。写真は支流のひとつ長谷倉川に設けられた水路。かむり川に設けられた「堰」で水路に水を取り込み、「くぐり穴」など工夫して水を水田まで運ぶ。水路は「つかい川」と呼ばれ、野菜や洗濯などの洗い物にも活用した 【写真・故庄司健治氏コレクション】
  3. 七北田川流域に住む人々は、かんばつが原因で凶作になると泉ケ岳の最も険しい表コース(薬師寺コース)を登り、頂上で雨乞いをしていた。頂上での雨乞いは困難だったため、明治28年に七北田川の源流である泉ヶ岳南山腹に「水神碑」が建てられた【写真・故庄司健治氏コレクション】


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    かむり川の両岸は河岸段丘で田よりも低い位置に川が流れ、川の水をそのまま利用することはできなかった。川の上流に「堰」や「堤」を作り、「くぐり穴」や「サイフォン」などの工夫を重ねて水田に水を引き、改修を重ねながら稲作を続けてきた。
    ■取材協力・写真提供/根白石大堰水利組合
    ■参考資料/泉市誌(泉市史編纂委員会・1986年)、いずみのふるさと総集編(泉区まちづくり推進協議会・第四版・2002年)